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 イスラエルの葛藤について、民族主義国家と民主主義国家の間で葛藤していると指摘する専門家もいます。つまり、イスラエルが民族主義国家ならユダヤ民族以外に対してナショナルベネフィットを提供する必要はなく、今のようにユダヤ民族ではないガザ住民に銃口を向けるのは正当となります。

 ところが民主国家なら、多様性は認めるべきで、イスラム教徒にも同じ社会保障が適応され、誰にでも公正な国家であるべきでしょう。いわゆる法による支配が政治による支配に優先されるわけですが、ネタニアフ政権は政治権力の優位性を追求し、ハマスによる攻撃前は抗議行動が絶えませんでした。

 ここで曖昧になっているのが、ユダヤ教とユダヤ人、ユダヤ民族の定義です。イスラエルに住む友人のユダヤ人は、ネタニアフ政権にも批判的でユダヤ教の信仰もなく、戒律も守っていません。彼らのいうユダヤ人やユダヤ民族とは、非常に広義です。

 例えばユダヤ教の信仰を守り抜く宗教的定義やユダヤ人の親または祖先から生まれた人々で一定の文化、習慣を維持している民族的な共同体に住むユダヤ人の場合、「民族」は人種を意味しません。白人も黒人もアラブ人にもユダヤ人はいます。彼らはユダヤ教徒でなくともユダヤ的アイデンティティを持つ人々で、私の友人もそのカテゴリーです。

 英国に住む知人女性は最初は普通に男性と結婚しましたが、そのうち自分が同性愛者だと気づき、ユダヤ教のラビに相談したそうです。ユダヤ教の教義としては許されていないのですが、彼女はユダヤ共同体に慣れ親しんだきたので、今でもその共同体の中に暮らすことに安心感があるそうです。ユダヤ教の世俗化現象といえます。

 つまり、ユダヤ人の歴史はあまりにも長く、ユダヤ民族の定義は信仰の括りだけでは語れない複雑さがあり、それを民族と呼ぶのは疑問が残ります。そもそもユダヤ教の原点は旧約聖書に出てくるヤコブが神と契約を結んだことに始まり、人種より契約を結んだ者がユダヤ民族でした。

 「あの人は鼻が高いのでユダヤ人」というのはユダヤ人が閉鎖的で傲慢なイメージがあるために言われだしたことで、人種的根拠はありません。ユダヤコミュニティーの中にはラビからマフィアまでいます。

 ですから、イスラエルと民族主義の関係は複雑で、少なくともユダヤ民族は人種ではありません。私が最初にイスラエルを取材した第一次湾岸戦争の時は、イスラエルに旧ソ連から大量にユダヤ人移民が押し寄せた時代で、国内では彼らに対する差別運動もありました。

 世界中からイスラエルに集まったユダヤにルーツを持つ人々の間には摩擦があり、権力の中枢を占める人々も出身国の影響による格差があります。彼らはあまりにも長い間自分の国家がなかったために、実は異文化に染まり世俗化し、異なった考えが存在するようになった背景もあります。

 最近、21世紀の社会主義を標榜する中国共産党は、愛国主義教育法を制定しました。中国は大半を占める漢民族が支配する民族国家で、だからこそ人種も民族も宗教も異なる新疆ウイグル族を弾圧し続けています。旧ソ連は連邦の周辺国にロシア人を大量に移住させ、そこで結婚もさせて統治能力を高めた歴史があります。

 ただ、私個人は、民族主義は時代に逆行する間違った考えと思っています。かつて韓国で朴槿恵大統領時代、彼女は民族主義の重要性を世界に説いて回りました。しかし、20世紀の2つの大戦は民族主義が引き起こした戦争であり、ヒトラーはユダヤ人の消滅のために民族浄化の大量虐殺を行いました。

 民族の優劣を強調する考えは愚かというしかありません。特に選民思想はアイデンティティ強化に役立ったとしても恐ろしい考えで、化石化した「支配するかされるか」の野蛮な思考と繋がっています。行きすぎれば民族浄化も正当化する超内向きで非人道的行動に走る最悪の考えにも発展します。