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 『ブリュッセルの画廊に立つ大公レオポルト・ヴィルヘルム』ダフィット・テニールス 1651年

 かなり前の話ですが、日本のテレビで「料理の鉄人」という番組があり、視聴率も高かったと思います。知り合いの九州を代表する高級料亭の2代目主人と立ち話している時の一言が今でも忘れられません。

 その主人は、その番組について「誰だって最高級の食材とある程度の腕があれば、ある程度の料理はできますよ。われわれは限られた食材から最高の料理を作る毎日だから、そこから最大限の質を追求するからこそ本当にいいものが生まれる」といいました。

 実は私も絵を描き、美術評論を30年間書いてきた者としていえることは、自分に禁欲を課すことでいい作品が生まれることが多いということです。例えば10色の絵の具だけで描く、時間を制限する、モチーフが動物なら相手は動くし、自然は1日の中で変化し続けます。ゴッホは夕空を絵にしています。

 フランドルの絵描きたちは、小さなキャンパスの中で人の足の浮き出た欠陥や顔の汗まで描き込みました。バロック期のフランドルの画家ダフィット・テニールスが1651年に制作した油絵『ブリュッセルの画廊における大公レオポルト・ヴィルヘルム』は1メートル四方の小さな銅板の上に30枚以上の名画が描かれています。

 貧困も制約の1つです。資金がふんだんにあるからといって、素晴らしいものが生まれるとは限りません。あたらしいアイディアは豊富な資金や恵まれた環境から生まれるとはいえません。アップルもアマゾンも出発は家のガレージです。そんな環境から世界を変えるアイディアが生まれたことは見逃せません。

 前にも書きましたが私個人の経験で、朝子供が牛乳が飲みたいのに牛乳がたまたま冷蔵庫にない場合、自分を満足させる第2、第3の選択肢を考えさせることが重要だということを、フランス人の妻から学びました。

 実は日本人の多くは制限された環境に対して、忍耐して受け入れることが先にきて、自分を最大限満足させる工夫が軽視される傾向があります。運命を受け入れるより、逆境をチャンスとするメンタルが、特に日本の若者に欠けているように見えます。

 スポーツ競技の発達はわれわれに多くのことを教えています。スポーツ競技は全て制約から生まれているからです。サッカーは手を使えない制約、陸上は制限された距離で走ることを競い、ハードルを設けたりもします。勝敗を争うルールという制約こそが競技の面白さに繋がっています。

 しかし、制約があれば独創的アイディアが生まれるわけではなく、そこから最大限の成果を出したいという情熱や欲望が原動力です。この原動力を摘み取れば、先はないわけです。世界で最もイノベーションを繰り返すアメリカでは、その原動力を大切にしています。

 映画も無尽蔵な制作費で一大スペクタクルの作品を作ることで、失敗する場合もあれば、制限された低予算で高い評価を勝ち取った作品もあります。

 本当の禁欲でいえば、中世の修道画家、フラ・アンジェリコは天使、天界を描く天才でした。非常に制約の多い禁欲生活を送る修道僧が、天界の最大限の喜びの世界を描き出した私の好きな画家です。

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  天使を描いて右に出る者はいないといわれたフラ・アンジェリコの『受胎告知』1430年

 新しいアイディア、クリエイティブマインドが重視される時代ですが、制約の中で持続可能な発展をもたらすアイディアを絞り出すことが求められています。そのためには問題解決や最大限の満足を引き出そうとする情熱と精神的自由を保障することが重要です。