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 イスラエル情勢が深刻化する中、誰もが何が起きているのか知りたがっています。ところがなかなか理解を困難にしている要因の中には、そもそもユダヤ人とアラブ人の対立が民族対立なのか、宗教対立なのか、政治対立なのか分析するための情報が複雑なことが挙げられます。

 世界に飛びかうイスラエル情勢は欧米メディアは完全にユダヤ寄りなので、パレスチナ自治区ガザで毎日起きている悲惨な惨劇を報じながらも、最後はイスラエルの民間人がハマスによって子供や女性を含め約1,400人殺害されたこと(実は10月7日の最初のハマス攻撃から数値はあまり変わっていない)、約240人の人質が取られていることを強調します。

 欧米、すなわちキリスト教圏は十字軍やイベリア半島のイスラム支配の歴史など、繰り返された対立が存在し、文明的にもキリスト教を超えて普遍性を持った近代市民社会、自由、平等、公正、人権尊重の優れた社会を構築した自負から、アラブ世界に対しては上から目線の傾向はメディアにも表れています。

 一方、例えばアラブ世界を代表するメディアのカタールのアルジャジーラの報道では、最近は毎日、ガザ地区の被害状況、イスラエル軍がガザに投下した爆弾の個数や戦車の数など詳細に報じ、パレスチナの民間人に寄り添った報道を続けています。

 それだけ見ていれば、イスラエル政府に対する憎悪、反ユダヤ主義が限りなく増幅されます。背景が理解できなければ、イスラエル政府の容赦のない攻撃、ハマスをせん滅する大義のために人間の盾となっている民間人や人質を殺害することを正当化するイスラエルの姿勢に憎悪を感じる人は多いはずです。

 まさに国際世論は分断されている状況です。イラク戦争が始まった20年前、ロンドンでは住宅の窓に「戦争反対」「戦争支持」と書かれた紙をよく見かけました。戦争反対の高校教師と戦争支持の大学教授の夫婦の家にたまたま宿泊していて、夫婦の会話に興味深いものがありました。

 戦争反対の妻の意見は大量破壊兵器の証拠がないことと人道的観点からの反対でした。戦争支持の保守派の夫は「われわれの普遍的価値観をいまこそはっきり示すべきだ」と主張していました。その意味は民主主義を軽視する独裁とイスラム教蔑視でした。

 フランスに住んでいると北アフリカやレバノンからの移民が多いためにアラブ人は身近な存在です。私が教鞭をとっていたフランスの大学にもアルジェリア人、モロッコ人、チュニジア人の教授や学生がいました。彼らは総じて非常に感情的で明らかにフランス人とは違っていました。

 「アラブ人」の定義は、一般的に言語的、文化的、地域的な共通性に基づいた集団とされ、民族として扱われることもあります。彼らはアラビア語を話し、その地域は広大です。また、アラブ文化や歴史に関連する多くの共通要素が存在します。
 ところが、アラビア語を母語とする人々は世界に散在しているために、アラビア語圏に住む人々はさまざまな宗教や民族的バックグラウンドを持つ場合もあります。時にはアラブ人は広義の意味で「民族」として扱われ、その中には異なる民族や宗教的グループも含まれます。

 例えばパレスチナ人はアラブ人ですが、彼らの中にはクリスチャンも多くいます。確かに言語、文化、歴史の面で共通の要素を共有し、アラブ人としてのアイデンティティを持つ人々なのでアラブ民族として認識されることもありますが、実はアイデンティティは多様です。

 宗教的アイデンティティと民族的アイデンティティのどちらが上かという議論もありますが、地域の歴史、風土など特性が大きな影響を与えているのも事実です。それにアラブ人のユダヤ人も異なった歴史物語を信じでおり、対立の糸口は見えていません。

 イスラエル戦争は、民族的アイデンティティと宗教的アイデンティティが複雑に絡み合っており、背景は単純ではありません。そこにプロパガンダ的で主観的な報道が双方から繰り返され、話をさらに複雑にしています。