AdobeStock_663835660

 パリ在住の画家、黒田アキ氏から「パリのカフェに座って通りを行きかう人を眺めていたら、あっという間に10年が経ったという話を聞いたことがあります。パリは世界中の人々が集まり、かつてはコスモポリタン都市と言われ、今ではダイバーシティを生かす土壌として評価されました。

 ただ、実はダイバーシティといっても、イスラムの価値観まで抱擁する力はなく、今ではイスラム過激派の分離主義が拡散し、フランスが誇っていた多様性による共存にほころびが見えています。そもそも普遍性を追求する1神教には均衡を保つより統合に重心を置く傾向が強く、当然、対立や差別は避けられないともいえます。

 とはいえ世界は多様な文化や価値観の共存に向かっており、どうしたら対立が招く悲劇を避けることができるのかを模索中です。今のところは価値観の異なる国同士でも経済協力で共存は可能ということで、自由主義を掲げる米国は、極端に政治的価値観の異なる中国に経済依存する状況です。

 しかし、現実には対立の方が表面化し、多様性の共存のポジティブ感より、不安や恐怖が広がり、人間が生きるモチベーションに暗い影を落としています。これは世界的現象で、特に若者の間でSNSを通して共感を渇望する動きが加速しているように見えます。

 この現象は人類が経験したことのない領域で、歴史的に見てもネットを通じて国境を越え、今ではAI翻訳で言葉の壁も超え、人間同士が議論したり、シェアしたりする過去にない共感社会が生まれています。とはいえ、共感できない人との交流は避けられるので結果として対立より共存にむかう保証もありません。

 不確定要素が増える一方の世界では、個人の生きるモチベーションを明確化することは何より重要になっているわけですが、働くことだけでなく、画家のゴーギャンが描いた「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」という本質的問いかけが必要な時代と言えます。

 最後は、その普遍的問いかけに答えを出していく努力が不安で不確実な時代を乗り切る鍵を握ると私は見ています。私がフランスに移動して学んだことは、常に自分は満足しているのか幸福なのかを問い続ける姿勢です。日本人は満足や幸福を贅沢と結び付け、過分な欲望だとネガティブに考える傾向があります。

 しかし、それは運命に従って過分な欲望は持たず、人生は修業なので忍耐あるのみという人生観ですが、目標が定かでなければ、生きる力にはなりません。

 世界中から人が集まるフランスで、アメリカの留学生たちが口を揃えたように「My ambition is」といい、自分の目標を語りだします。日本人より欧米人の方が目標設定を重視する傾向がある一方、その目標は驚くほど変更されるのも彼らの常です。

 設定した目標の達成に全力を尽くすと言いながら、その目標はいい意味でも悪い意味でも全く違った方向に向かうこともあり、日本人のように律義に目標を守り続けるこだわりもありません。それは時として人間同士の信頼関係にひびを入れることもあります。

 変更の理由は、定めた目標が自分に満足や幸福感をもたらさないことが分かったからと言えます。日本人は忍耐力とすぐ結びつけますが、自分にとっていいことか悪いことを問うことが中心になる欧米人は、目標達成が与える喜びや満足度が非常に高ければ別ですが、それを見出せなければすぐにやめてしまいます。

 日本で近年、若者に対してやりたいことを見つけなさいと言いますが、その一方で、その指標はけっして幸福度や満足度でない場合もあります。そもそも周囲に合わせて調和を保って生きていく教育を受けた多くの日本人が組織と関係なく、個人として幸福を追求する習慣もない現実があります。

 共感時代に重要なことは、より多くの人々に共感を与え、喜びを分かち合うことでしょう。戦争や紛争、限界まで来ている環境問題と課題は山住ですが、すでに別の地平が見えていると言えるでしょう。自分探しを批判する人はいますが、それは日本人が子供の時から自分探しをする習慣が身についていないからでしょう。