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 今や対人力、コミュニケーション力は、日常生活だけでなく、ビジネスの世界で最も重要とされるテーマです。そのテクニックには質問力、フィードバック、共感などを重視するセオリーがあるわけですが、中でも相手を納得させる技術は中心的テーマです。

 「あの人は話がうまい」、逆に「私は話下手」という表現があります。では歴史を通じた最高の話者は誰なのか。その指標は何かは興味あることです。昔、日本でコピーライタ―という職業が注目され、たしか「宣伝会議」という雑誌で、イエス・キリストは最高のコピーライターだったという特集を読んだことがあります。

 コピーライトは非常に短いフレーズで、端的に物事を言い当て、人の心に印象として残すことです。企業は今でも企業目的などを一行で表現するコピーライトを使用しています。

 イエス・キリストをコピーライターとして持ち出すのは不遜ですが、新約聖書は基本的にイエスがたとえ話で語ったことと行動の記録です。キリスト教神学は後から理論化したもので、イエスは教義を理論的に教えたわけではありません。強いていえば旧約時代に予言されたことに明確に答える話をしていたわけです。

 それより興味深いのは、スタンフォード大学の心理学者ゴードン H. バウワーとミハエル C. クラークが1969年に初めて発見した研究で「人は事実をストーリーで語られると、7倍も記憶しやすい」と言われていることからすると、イエスは2000年前にそれを実践したことです。

 無論、相手が文字も読めない科学的教育を受けてないので物語で語るしかなかったという人もいますが、実はそうではないのです。

 伝えたいことの中身は、相手の知的レベルに関わらず、ストーリー化することで相手は理解を深め、心に記憶されるために、イエスはたとえ話を繰り返したといえます。無論、そのためにイエスの話した内容や、その解釈をめぐって2000年に渡って議論が続き、多くの宗派に分かれていったのも事実です。

 共産主義旋風が吹き荒れた20世紀、その思想の普及に役立ったのは芝居でした。これもストーリーテリングの技術の有効性が生かされたものでした。富の再分配の理論を語るより、「経営者たちのぜいたくな暮らしを見なさい!あなた方は搾取されている」という物語の方が圧倒的に説得力がありました。

 ストーリーテリングの技術は、有益な話をあてに伝えるだけでなく、悪用すれば詐欺にも使われます。リーダーシップでも極めて重要ですが、嘘や作り話をすることで相手をミスリードする武器にも使われます。

 それと説得力を持つストーリーを構築するには、共感は不可欠です。できるだけ多くの人々が共感できるストーリーであることが重要です。イエスの話はローマの圧政で奴隷化し、苦しめられていたユダヤの民衆たちに「私を信じるものは救われ、天国に行ける」と強烈なメッセージを発しました。

 それが全くの嘘だったら、救いを実感することはないので2000年の時を超えて信仰の灯を絶やさないことにはならなかったでしょう。持続可能な救いの実感をもたらしたのはイエスの発した物語が的を得たものだったからに他なりません。

 日本には少ないのですが、韓国にはストーリーテラーのシャーマンが多くいるそうです。無論、普遍性を持った本物は少ないために、大半のシャーマンは死ねば何もなくなるそうです。

 共産主義もまた、ストーリーテラーの猛者で、中国共産党は権力を維持するため、存在を脅かストーリーテラーである宗教を徹底排除しています。つまり、ストーリーテリングは諸刃の剣でもあるわけです。そして多くのストーリーテラーは実践面で不信感を持たれるのも常です。

 厳しい禁欲を説く教祖が女性関係にみだらだったり、社員一人一人の幸せのためにと強調する社長が実は蓄財に忙しかったり、ストーリーテラーは言行一致でないと説得力も持続力もありません。イエスは自ら民衆のために十字架にかかった行為で多くの人々の圧倒的インパクトを与えました。

 つまり、信頼を勝ち取るために語られたストーリーには一貫性が不可欠だということです。一貫性があるからこそ信念も生まれるわけです。創業者が残したメッセージを変えないことは極めて重要です。一貫性がないことは普遍性がないことに繋がります。