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 某大阪の中堅企業が海外生産拠点管理のため、ベトナム人の立命館アジア太平洋大学の学生を新卒採用し、トラブルの相談を受けたことがあります。企業は日本本社とベトナム支社のブリッジパーソンになってもらおうとして日本で教育を受けた日本語もできるベトナム人を採用したわけです。

 相談内容は、採用当時は非常にモチベーションが高く、憧れの日本企業で職を得た感動で、非常にテンションが高かったのが、働き始めて1年が経った頃から、急に元気がなくなり、表情も暗くなったということでした。経営者側は理由が思い当たらず、困っているという相談でした。

 私はさっそく、そのベトナム人の直接の上司や人事部の人が定期的に、そのベトナム人従業員と面談し、本人の状況を把握していたのか聞きました。仕事は順調なのか、仕事仲間とうまくいっているのか、仕事だけでなくプライベートでも困っていることがあれば、一緒に解決しようという姿勢を見せたのか聞いてみました。

 そこで何度も経営陣から飛び出したのが「慣れる」という言葉でした。結論から言えば、会社側は「日本の会社に慣れるのに時間がかかりすぎている」という認識でした。

 日本のような集団管理が濃厚な国では、協調性が優先され、結果、集団が持つ目に見えないルールを含めた空気を読む人間を生み出すためには「集団に慣れる」という言葉も出てくるのでしょう。集団教育で中国共産党崇拝と愛国教育が徹底している中国を別にすれば、行き過ぎた集団主義の弊害は企業のダイバーシティを妨げているといえそうです。

 文化の背景が異なる人々と協業することは、ビジネス上の必要性のみならず、あらゆる分野の21世紀のトレンドです。無論、ダイバーシティマネジメントには、ミスコミュニケーションや「決められない」混乱が生じ、効率性が一見失われ、最悪のケースは戦争状態になるリスクもあります。

 その一方で、過去の歴史を見れば、日本でも明治時代に近代化された欧米との接触で、鎖国していた日本は一気に近代化に成功しました。異文化の恩恵は計り知れません。ただ、当時の日本人には異文化接触に欠かせない3つの姿勢を持っていたことも見逃せません。

 その一つは、日本文化への誇りです。明治人は日本人としての愛国心とアイデンティティに満ちていました。この自信と誇りは異文化接触時に欠かせないものです。

 2つ目は、自分たちが成長するために相手に追いつき追い越す明確な目標や動機があったことです。つまり、開国した国を一流国にしようというパーパスを持っていたことです。そして、3つ目は新しいことを学び取る相手に対する謙虚な姿勢があったことです。

 その授業料は非常に高くついたと言えるかもしれません。欧米から優れた技術者、科学者、芸術家を招聘し、高い授業料を払いました。世界遺産になっている富岡製糸場も絹織物で高い評価のあったフランス・リヨンの技術者の存在は欠かせませんでした。

 そのコストは高すぎたという人もいますが、当時の日本が近代化し、日本経済を発展させたことを考えると、その資金が日本にあったことも大したものです。今では途上国に資金や技術移転する代わりに返済できない債務を利用して相手国の港湾施設などを取り上げる悪質な国もありますが、日本は払えました。

 つまり、1つ目のプライドや自信は、相手に全部奪われ、支配されるリスクにブレーキをかけ、2つ目のパーパスは困難に直面しても、明確なビジョンと目標達成が混乱を回避させ、その目標達成のために3つ目の謙虚さで相手から深く学び取ることを可能にしたということだと思います。

 その結果、感謝の心も生まれるわけです。今の多くの日本企業は頭でダイバーシティの必要性は分かっているのに、超内向きで歪んだ独善的プライドで相手に日本的やり方を押し付けようとして「慣れる」という言葉が飛び出しているといえます。つまり、成功した日本のやり方を学ぶべきという認識です。

 ところが、その成功は同じコンテクストを持つ日本人だけが頭を突き合わせ、協業した結果であって、世界のどこでも通じる普遍性があるのか吟味し、マニュアル化したものではありません。逆に日本人はベトナム人に学ぶものなどないという傲慢さまでも伺えます。

 明治の人々は自分たちより優れた欧米に学ぶ向上心が原動力になったわけですが、今の日本は日本より上か下かに関わらず、異なったコンテクストから新しい発想やイノベーションを生み出すステージにあるといえます。その意味で私の個人的経験からもアジアに学ぶものは少なくありません。

 異文化協業の出発点、ダイバーシティ導入の目的は、そこに多くの気づきがあり、ゼロベースで物事を考え、閉塞感のある日本が新たな地平に向かって脱出することです。そのために慎重かつ大胆な姿勢で明治人が持っていた3つの要素を大切にしながら、持続的発展に取り組むべきだと思います。