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 ルイ・ジャンモ、「魂の詩」、「悪い道」、1850年、リヨン美術館 ⒸLyon MBA – Photo Martial Couderette

 世界的に人気のある漫画『北斗の拳』に登場する「修羅の国」の戦士は、仏教でいう阿修羅から着想を得たものです。魔界の妖怪のように言われますが、阿修羅は釈迦を悪から守る守護神の1人です。

 歴史上にはヨーロッパの吸血鬼、中国では鬼と化した死者の霊魂を意味し、最近は漫画『鬼滅の刃』が注目されています。死後の世界に漂い鬼と化した霊魂が、しばしば人間に恐怖を与え、時には人を戦争に駆り立て、命を奪っていくなど、悪の化身の象徴となっています。

 日本では悪霊や雑霊を追い払うお払いが神道の重要な儀式です。太古の時代から太陽はすべてを照らす昼間に対して、すべてを隠す暗闇をもたらす夜があることが世界観に影響を与えてきました。

 しかし、科学の発達とともに人は神秘的な謎を科学で見直し、科学でありえない神話はわれわれの意識から遠ざかり、何でも科学で解決できるとの意識が強くなりました。人工知能(AI)は、それを象徴するもので、結果的に何でも分かったような気になる社会が生まれています。

 頭だけで処理する習慣が身に付き、今ではキャリアアップ、スキルアップに強い関心を持つ向上心のある新入社員は、短期間でスキルが磨けないと感じると、入社後短期間で転職してしまう現象も起きています。

 実は人間の成長に時間軸があることは忘れられ、スマホで何でも正解が得られるとの勘違いが起きています。自分は頭脳明晰なので短期間でスキルは習得できると誤解する若者は急増中で、石の上にも3年などという考えは軽蔑されています。

 しかし、一方で科学一辺倒の合理主義に対する不安も若者は感じており、その不安を埋めるために科学の対極にある神秘主義や霊現象に心惹かれる若者も少なくありません。

 ハリウッド映画から日本のアニメまで、神秘的な題材が繰り返し制作され、人気を集めているのも求められているからです。その中にテーマの一つとなっているのが善と悪という概念です。仏陀や寺を守る阿修羅や仁王像、狛犬は守護神で、善の存在ですが、邪鬼や悪霊は悪の存在です。

 あらゆる宗教で死後の世界に天界(天国)と地獄があることが説かれており、バチカンのシスチナ礼拝堂にあるミケランジェロの最後の審判の壁画にも天使に守られた天界とおぞましい地獄が描かれています。文字を読めない人が多かった時代、視覚で天国と地獄を描くことで信仰を強化したわけです。

 19世紀、産業革命と科学が支配するようになった時代のフランスに登場した画家で詩人のルイ・ジャンモ(1814-1892)は「魂の詩」という壮大な作品を残し、パリのオルセー美術館では企画展が開催中です。彼は壮大な神秘主義の詩と写実の卓越した技法で描かれた神秘的な作品で人々を圧倒しています。

 そこにあるのは無垢な人間が展開に上ろうとする階段に立つ心を惑わす様々な種類の悪霊が立ち、時には人間を誘惑し、時には知で惑わせ、時には暴力で攻撃し、恐怖の奈落に陥れようとします。そこに天使や女神が登場し、悪を退けようとします。

 神秘主義の神学者で哲学者のスウェーデンボルグ(1668-1772)は著書『天界と地獄』の中で、悪霊たちは天使が一瞥するだけで一目散に地獄に逃げていくと書きました。

 悪から身を守ることは容易なことではなく、悪霊たちは人間の弱点を熟知し、人間を地獄に引き込もうとしているというわけです。

 今、われわれは第3次世界大戦前夜のような状況に直面しています。科学に支配された若者たちが感じる不安から、目に見えない合理的でないものに答えを求める時代。本当に悪を退ける天使が存在し、守ってくれるのであればいいのですが。

 少なくとも悪にひきづり込まれないためにに最低限必要なのは、どんなことがあっても恨みや憎しみを持たないことではないかと個人的には考えています。