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 ダイハツの不正発覚による全面的な販売停止について、このような不正が発覚する度に言われることは性善説で報告を信じ、隠ぺいが放置されたということです。今後、当局の立ち入り検査等で更なる事実が解明され、監察官庁が業務改善命令が出し、業務改善計画の提出を要請する流れになるのでしょう。

 ここで罰せる側は政府当局で罰せられる側は不正を行った企業ということになるのでしょうが、日本は海外から見れば、特殊な国と言わざるを得ません。その理由はあくまで何でも下から上の報告と、上から下への指導しかないからです。特にそれは性善説をベースにした報連相に現れます。

 本来、企業を監督するのが政府各省庁にあるのであれば、監督責任が問われるのが当然です。たとえば、性悪説のフランスでは、観光産業を支える飲食店の衛生基準を維持するため、抜き打ち検査官が配置されています。彼らは時に客を装い、時には強制的に厨房への立ち入り検査を行っています。

 この検査官も飲食店から賄賂を受け取る可能性があるため、監視され、嘘の報告ができないようになっています。自民党派閥のキックバック問題は、領収書のいらない金をねん出することですが、その自由に使える金が日本政治の潤滑油になっていることは誰でも知っていることです。

 私は1970年代までは、報連相は上と下の双方向で行われていたのが、いつしか下から上だけの報連相に変容したことを問題視しています。日本の劣化は組織やリーダーに斟酌しながら従順に従うだけの主体性のない人間を大量生産したことだと思っています。それは拙書『下僕の精神構造』にも書きました。

 本来は報連相は、まずは上が下に自分の必要な情報を集めに行くことから始め、常に双方向のフィードバックを怠らないことが基本のはずです。斟酌や忖度は往々にして悪い結果しかもたらしません。自民党派閥の組織側に対して各議員の秘書は暗黙の了解で疑問を持ちながらも収支報告書に記載する必要のない金を受け取っていたのも、曖昧な忖度があったからです。

 ダイハツは確かに不正を犯したわけですから、それなりの罰を受けて当然ですが、国土交通省にも監督責任があって当然です。企業が発表する不正含みの報告を鵜吞みにし、不正を見逃したのは監督当局にも責任があると言わざるを得ません。両者ともに消費者は裏切ったことになります。

 日本にある根拠のない信頼関係の背後に、企業は役人を恐れるという暗黙のルールがあるのでしょうが、恐れていないから不正が隠ぺいされてきたということでしょう。残念ながら信頼関係は、今回の事例では崩壊していると言わざるを得ません。

 信頼関係を構築する順番が逆になっているわけで、本来日本に培われたのは天皇に対する純粋な純粋な忠誠心が日本の道徳性を高め、日々の互いの地味な努力の積み重ねなしに信頼関係を構築する道はないはずです。特に組織対組織ではモラルハザードは容易に発生します。

 つまり、報告を信じることは一旦やめにして、自ら情報収集に乗り出す姿勢が必要ということでしょう。特に組織には嘘や偽善が渦巻いています。ダイハツで発覚した不正件数はあまりに多く、その期間も30年と長いことを考えると、ちょうど日本の「失われた30年」に重なります。

 日産のゴーン不祥事も、上を疑おうとしないお神輿経営が、長年の不正と蓄財を見逃したということでしょう。ガバナンスの基本が性善説と人を崇める上に成り立っていることは深刻な問題です。同時に不祥事を隠蔽するような人物が人鵺に立っていることも問題視すべきでしょう。