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Marc Chagall, Resistance, 1937 -1948, Nice, musee national Marc Chagall. Depot du MNAM. Photo : RMN -Grand Palais (musee Marc Chagall) / Gerard Blot c ADAGP, Paris, 2023

 今年、フランスで何度も取り上げられたマルク・シャガールの展覧会は、昨年来、戦争に突入した世界にとって、人の心に癒しをもたらしています。シャガールはユダヤ教とキリスト教を結び付けた画家であり、芸術に本格的な心象風景を持ち込んだ20世紀の画家でした。

 彼は現ベラルーシのユダヤ人が半数を占める人口6万5000人のヴィテブスクに1887年に生まれました。彼の故郷はロシア帝政の前はリトアニア、ポーランドの統治を受け、ロシア革命以降は70年近くソビエト連邦に組み込まれ、戦争に翻弄された町の出身者でした。

 戦争とユダヤ人迫害の中、1923年にパリに本格的に移住したシャガールは、当時、産業革命と科学の発達で人々が宗教から遠ざかる中、きわめて宗教的なテーマに取り組んだ稀有の画家でした。同時代にキリスト教信仰を全面に出した巨匠と呼ばれる画家はルオーくらいです。

 フランス北部のルーベ市にある芸術産業博物館、ラピシーヌ美術館では「自由の叫び。 シャガール、政治」と題した展覧会が2024年1月7日まで開催されています。戦争に振り回される今の時代にシャガールほどふさわしい画家はいないと思われます。

 シャガールの多くの作品は、様々な心象風景が宙をさまよっています。ミケランジェロの「最後の審判」のように、目で見た自然界ではなく、まるで霊眼で見た世界を作品にした神秘主義的画家でした。

 日本では知られていませんが、偶像崇拝を否定したユダヤ教が育てたべブライ文化は、文学と音楽が中心で視覚から入ってくるものは軽視されていました。シャガールがユダヤの大コミュニティーで育ったことで絵画に取り組むことは、最初から困難が伴ったと指摘する専門家もいます。

 パリで最新の絵画の動きを学んだシャガールは、当時、注目されていたフォービスム、シュールレアリスム、キュビスムを吸収しながらも、ロシアに由来する寓話の世界、彼独自の想像の世界の登場人物たちは、画家の故郷に固定されているかのようです。

 戦争という暴力の時代に愛と喜び、悲しみに晒される人間、それを見守る神と十字架上のイエス・キリストを描き続け、ニースの彼の美術館は、シャガールが寄贈した聖書に纏わる連作で埋め尽くされて
います。20世紀の宗教画が求めた天界と地獄を見事に体現した画家でした。

 それはシュールレアリスムの多くの画家が、おどろおどろしい心象風景を描いたのとは異なり、画家の想像の世界には、常に温かい視線がありました。それは彼が愛し続けた妻、ベラへの思いとも重なり、まさに魂の救済を追求した画家らしい作品でした。

 その力は生きる勇気、苦痛への癒し、人間賛歌であり、まさに今の時代にも力を発揮する芸術の普遍的価値を秘めたものです。それはヒューマニズムだけでは語りえない人間を超えたヘブライムズの伝統に根差したものともいえます。信仰による寛容と平和を呼び起こすものです。