maruyama (2)

 新年早々に起きた能登半島地震は、津波の規模が東日本大震災程でなかったことから、現時点では犠牲者の規模は小規模にとどまっている模様です。国連を始め世界中から日本に寄り添う声が寄せられ、ありがたいばかりです。同時に倒壊した家屋の多さについて考えさせられるものがあります。

 東日本大震災発生時、欧米メディアは専門家の話として、経済ダメージが限定的と分析したことを思い出します。根拠は被災地の経済活動の規模は日本全国で見た場合、東北地方は大きくないからでした。人口数百万から一千万人を超える大都市が含まれていた場合は経済ダメージは深刻になるとの見方です。

 今回も同様なことがいえますが、改めて日本が先進国とは言えない一極集中の新興国型を脱していない現実を思い知らされました。日本では、例えば中国が世界第2位の経済大国になったにも関わらず、地方には驚くような貧しい地域が多く、経済協力開発機構(OECD)の調査では貧富の差を表す時のジニ係数で中国は全44カ国中5番目に高く、ブラジル、インド、南アフリカなどの新興国と同じ水準です。

 それを見て、国内総生産だけでなく、貧富の差を見れば中国が貧しい国と批判する日本人は少なくありません。これは人口で中国を抜いたインドも同様ですが、では日本は経済力で世界第2位を続けた期間に完全に先進国になりえたのでしょうか。

 経済発展度を示す、もう一つの指標の人口1人当たりのGDPを見ると、日本は2022年時点で27位で上位は北欧や欧州の小国、米英仏などが占めています。とはいえ、28位のカリブ海のバハマは面積は福島県程度、所得水準はカリブ海諸国でトップとはいえ、国民の5人に1人が銀行口座をもっていないといった格差も存在します。

 正確に豊かさを示す指標はなく、様々な指標を突き合わせる必要がありますが、一つ言えることは地域格差の大きさは貧富の差に次いで先進国の条件に関わる視点です。日本を訪れる外国人観光客の多くは全国で道路や交通インフラが整備され、極端な貧困地域がないことを高く評価しています。

 しかし、東日本大震災や能登半島地震の瓦礫を見ると、災害には脆弱な地域が多いことを痛感します。能登半島は、今流行の「移住」でも人気がある地域ですが、格安で手に入れた古民家が倒壊し、困っている人も少なくないでしょう。地震、津波大国で新参災害対策の遅れが表面化しています。

 高齢者率が高く、地震に耐えられない重い瓦の古い木造住宅が多く、基礎の脆弱さも手伝って、完全倒壊した家が続出しました。東日本大震災や近くで新潟県中越地震を経験しても、住民の防災意識が高まることはなかったことが判明しました。

 ただ、住民を責めるのは間違いで、これは政府が税金をどの地域に費やすかという政治の問題でしょう。日頃の啓もう活動は地方自治体の責任かもしれませんが、結局は耐震補強などの費用負担は自治体の責任範囲を超えています。

 進んでいない地方分権、税収を直接自治体が使えない中央集権システム、意思決定の煩雑さなどが長期化し、自立能力を持たない地方自治体と政治の混迷で国家の弱体化が進んでいます。そこには財政をめぐる既得権益への執着や汚職も発展を阻害しています。

 ただ、それよりも日本が新興国型の国を抜け出せない理由は、「ワーク」に極端に偏ったライフとのバランスの悪さが圧倒的に影響を与え、職のある大都市に人口を集中させている問題があります。成功するには大都市に住むした選択肢はないという認識を大多数の人が持っていることが問題です。

 私のフランスでの経験を踏まえれば、先進国の要件は金銭ではない「豊さを競う」ことであり、成功の指標も満足度の指標から経済力の比重を下げる必要があります。たとえば最高の財産の一つは子供です。子供から得られる幸福感は何にも代えられません。

 大都市に備わっている刺激的アミューズメント施設で得られる喜びは一過性のものです。一方、家族と豊かな自然から得られる喜びは持続可能なものです。圧縮された都市集中型の経済発展モデルから分散が生み出す高い生活の質を追求する社会への転換が日本再生の鍵を握っていると言えるそうです。

 そのためにも日本の隅々まで防災対策が施され、安全が保障され、どこでも安心して子育てできる環境づくりに取り組むべきではないでしょうか。この話が語られだして30年が経つフランスでは、リモートワークの普及で、分散現象は加速しています。