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 フランスでは史上2番目の女性首相ボルヌ氏が任期最長記録を残し辞任し、変わって史上最年少の34歳のガブルエル・アタル教育相が1月9日、首相に就任した。マクロン現大統領も2017年、史上最年少の39歳で大統領に就任し、2期目に入っている。

 大革命を実行したフランスは、リスクを伴う大変革に抵抗がない。お隣の国ドイツのような石橋を叩いて渡る慎重さ(臆病さ)はなく、国民投票で決定した事項も議会制民主主義の手続きの煩雑さで、決められない政治が続くこともない。

 伝統的ドゴール主義政党であった1976年にシラク氏によって結党された共和国連合も、2002年に時代に合わないとして中道右派大同団結で国民運動連合になり、2015年には現共和党に改編された。政治は時代の現実に合わせて行うもので、伝統や格式にこだわらないのがフランスの政治スタイルだ。

 2017年の大統領選挙では、既存大政党の共和党や社会党より、国民は中道のマクロン氏と彼が創設した中道政党の共和国前進が圧倒的支持を集めた。発足したマクロン政権には中道右派、左派政党から閣僚が指名され、政党政治を崩壊させた。

 アメリカのプラグマティズムに距離を置くフランスだが、フランス式現実主義が存在し、革命を経験したフランスでは大変革に抵抗がない。無論、大革命事態、多くの犠牲者を出し、憎悪が渦巻いたことは、決して容認されるものとは言い難いが、迅速さは日本も見習うべきだろう。

 政治家も官僚も一般的に前例のないことをやりたがらないが、フランスでは特に政治家には、常に革命的成果が求められる。今回、首相に任命されたアタル氏は、昨年8月末に国民教育相に任命され、大規模ないじめ対策を実行に移し、今年はデンマーク式の「共感プログラム」を1,000校に導入する。

 結果を求められるのが政治という意味では、国民は結果しか見ていない。激変する時代に対応するには経験則よりも環境変化を敏感に感じる感性を持った人間の採用が優先される。その意味で世代交代は必須と言える。儒教と職人文化、権威主義が世代交代の足かせとなる日本は時代についていけない。

 ダイバーシティも同じことが言え、日本の女性閣僚の少なさは先進国トップを維持し、企業の女性管理職の少なさも目立つ。権力と名誉、保身に走る男たちの弱さが国を弱体化させている。

 ここで問題になるのは公私混同。フランスでは閣僚経験者が政務官を務めることもあるし、公務では職位は役割であり、地位ではない。東洋では降格という言葉があり、地位は人間の価値と繋がっているが、西洋には希薄だ。英国でも43歳のスナク首相の下の高齢の経験豊かな議員は多い。

 一般的に人を育てる原則は、早いうちに責任を持たせることにある。日本では権力を持つ者が支配者という意識が強く、皆で担ぐ方式が未だに残っている。雑巾がけでは人は育たない。下僕の精神が植え付けられるだけだ。公私がはっきり分かれていれば、職位が直接人間の価値を決めることにはならない。

 日本では飲み屋で「先生」とか「社長」と呼ばれたいために肩書に子だわる愚かというしかない意識が未だに残っている。改革よりもプライド重視なら、改革が進むわけがない。目的によって職位は変わって行くもので、目的達成に集中すべきと私は考えている。

 いずれにせよ、市場初の現象を繰り返すフランスは、変革に向いた国と言えるかもしれない。それでも国として生き残り、発展させるのは容易でないのが今の現実といえそうだ。

  「リーダーになるには、人々を第一に、自分の立場を二番目に、プライドを最後に置きなさい。」というのが誰もが納得するリーダーシップで、その意識があれば年齢も経験も関係ないと言える。