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 次期アメリカ大統領の可能性が高まるドナルド・トランプ前米大統領候補が、サウスカロライナ州での支持者集会で10日、軍事費負担が不十分な北大西洋条約機構(NATO)に対して、ロシアが「好き勝手にする」のを「促す」と述べました。英BBCは、同氏の挑発的発言に「始まってしまった」と非難しました。

 トランプ氏は前回の大統領就任時にも、NATOについて、アメリカの負担が欧州加盟国より多いのは不公平だと主張し、是正を求め、波紋を呼びましたが、今回は欧州の加盟国が支出を抑えるなら、プーチン露大統領に攻撃をけしかけるよう呼びかけるぞとトランプ流交渉術で欧州首脳に圧力をかけたわけです。

 数日前の8日、プーチン氏は米FOXニュースの看板アンカーだったタッカー・カールソン氏のインタビューに応じ、「ウクライナ戦争を終わらせたければ、NATOがウクライナへの武器供与を止めるべきだ」と述べたばかり。トランプ氏がこの発言を知らない訳がない中での挑発的発言でした。

 ロシアがウクライナへの侵攻直前、バイデン米大統領は、アメリカがどう行動するかメディアに聞かれ、「ウクライナはNATO加盟国ではないので、地上軍を派遣することはありえない」と述べました。これはプーチン氏にとっては侵攻のゴーサインになりました。

 外交は舌戦です。喧嘩の強いトランプ氏は、相手に対してハードルの非常に高い攻撃的提案を行うことで有利な結果を引き出すのが常套手段です。タフネゴシエーターの同氏の「ドア・イン・ザ・フェイス」的交渉術で有名です。空気を読むこと走るバイデン氏とは対照的です。

 しかし、中国、ロシア、イラン、北朝鮮のような専制主義の国が台頭し、西側世界の指導者に対して強気の舌戦を繰り返し、恐怖を煽っている現実からすれば、相手に媚びるような交渉は役には立たないのも事実です。ならず者国家には厳しい姿勢で臨むのは基本です。

 無論、戦争規模を実際、拡大させては、挑発的発言も逆効果です。しかし、リベラルな優等生の役人体質の指導者は原則論だけ主張し、相手を追い込むことしか知りません。結果は戦争の長期化で犠牲者の数は膨らむばかりです。

 トランプ氏の国益最優先の姿勢は、専制国家にも共通するもので、相手に手の内を見せているようですが、その分かりやすさが抑止にもなっています。アメリカが不利益を被ることがあれば、世界最強の国アメリカが牙をむくという態度は核兵器に以上の抑止力と言えるでしょう。

 民主党の指導者が西洋的普遍的価値観を持ち出すよりは効果的です。それもおとなしくするならアメリカはパートナーとして支援を惜しまないと北朝鮮にも言ったわけですから、ディールと相手は受け止めるでしょう。今は西側にそんな指導者が必要な時代とも言えます。

 2022年の欧州諸国の国防支出は13%増え、3450億ドル(約49兆円)に達しました。ウクライナ戦争を受けた増加でした。とはいえ、欧州各国の国防費の合計は、米国の国防費(8770億ドル)の約40%にすぎない。ウクライナ紛争もアメリカ次第は明確です。

 トランプ衝撃発言について、欧州内の指導者の反応は様々です。というのもフランス、ドイツは、これまでもプーチン氏の顔色を伺いながら、ウクライナ支援を行ってきた経緯があり、加えて自前の兵器製造に、どこか積極姿勢が見られないため、トランプ発言で背筋を凍らせています。

 一方、国境を挟んでロシアやベラルーシと対峙するポーランドやエストニアなどのバルト三国は、トランプ発言に呼応し、欧州のウクライナ支援拡大を呼びかけています。この2年間、双方の温度差は縮まることはなく、欧州西側諸国は英国を除き、平和ボケが続いています。

 実はNATO加盟国は、圧倒的なアメリカの存在感の元で平和を享受してきたことへの自覚が薄く、各国国民に至っては、その現実も知らない人が多いのが現状です。コロナ禍が始まった時、マクロン仏大統領は「これは有事だ」と発言しましたが、ウクライナ紛争は有事と捉えられていません。

 トランプ氏に「いい加減目を覚ませ」と言われているようなものです。国土防衛強化が喫緊の課題となった日本では、軍事関連企業の撤退が続き、自前の兵器での防衛が難しい状況ですが、実はドイツも同じような状況です。ならず者がいる以上、強い交渉力と強い国防力は必須といえます。