北大西洋条約機構(NATO)への加盟を希望していたスウェーデンは、鬼門といわれたハンガリーが反対を取り下げたことで、加盟が可能になりました。全北欧諸国の加盟は、バルト海でのロシアの防衛を危うくするもので、ウクライナ侵攻でのプーチン露大統領の最大の誤算とも言えるものです。
領土保全や覇権にとって、陸だけでなく、空と海、河川を制することは極めて重要です。ウクライナはロシア軍に対して劣勢ですが、スウェーデン軍がNATO軍に加わる影響は小さくありません。世界最大の軍事同盟であるNATOにとっては大きな前進です。
ここで注目されたのは、ハンガリーのオルバン首相です。独裁者のカテゴリーに入れられているオルバン氏は、ロシア寄りで知られ、ロシアへの経済制裁を急ぐ欧州連合(EU)にとっても、NATOにとっても頭痛の種です。果たしてオルバン氏は西側にとって好ましくない指導者なのでしょう。
今、一般的に言われれる西側諸国の健全性の尺度は、自由と民主主義、社会的公正さ、法による支配、人権尊重などとされています。逆に権威主義の国は強権的統治が行われ、政治指導者は独裁的で、言論や信教の自由が抑圧され、場合によっては反体制派は逮捕されたり、殺害されている国々を指します。
その意味で東西冷戦後、民主主義国家となったはずのロシアは、選挙で指導者が選ばれていますが、権力の集中と維持を望むプーチン氏は、独裁者と呼ばれ、権威主義国家とされています。
民主主義のリスクは、数の論理が最大限の影響を与え、正しい判断を下すはずの有権者に十分な知識や政治的関心がなく、政治家を選ぶ明確な基準がなく、その時の世論や国民感情に左右されやすい場合、間違った指導者を選ぶ可能性が高いことです。
逆にリスクを知りつつも民主主義体制を望む声が大きいのは、ヒトラーなどの独裁者が支配した過去の歴史で悪い経験が圧倒的に多かったことが、独裁政治=悪となり、結果的に中露、イラン、北朝鮮などを権威主義国家として危険視しています。
では、オルバン氏はどうなのか。基本的にEUに加盟する条件には自由と民主主義、法の支配が基本にあります。ところがEUが東への拡大を急いだ理由は、ロシアの脅威を防ぐためでした。東西冷戦で分断されたヨーロッパを一つのヨーロッパに取り戻すことは急を要する課題でした
中東欧諸国が多くの課題を残しながら、EU加盟を果たせた最大の理由は、二度とロシアによる侵略を受けないためでした。なぜなら社会主義を捨てたロシアの正体をヨーロッパは熟知していたからで、イデオロギー対立が起きる前の帝政ロシアの頃からロシアはヨーロッパに脅威を与えていました。
冷戦後に初めてロシアがその牙をむいたのは、北京五輪の開会式の時にジュージアに軍事進攻したことでした。力による他国領土への侵攻は、国際ルールに反した行為でした。
当然、EUに加盟した中東欧の国々はソ連共産党に長年支配され、民主主義は未経験です。欧州法の専門家、スナイダー欧州大学院大学教授は「民主主義の定着には100年はかかるだろう」と私に指摘しました。独裁政治が指摘されるハンガリーやポーランドの事情はそこにあるのです。
しかし、オルバン氏は単なる独裁者かといえば、彼はインタビューで「EUに加盟したことで、最も恐れるのは、西側に巣くうリベラル思想がハンガリーに流入することだ」と主張しています。無論、敵視されている西側リベラル派は反発し、悪人扱いしていますが、保守派は理解しています。
彼は伝統的カトリックの家族の価値観を維持し、家族を持つ国民に手厚い支援を行っています。その一方でリベラル化に対抗し、LGBTの排除など宗教的信念に基づく政策を推進し、一定の支持を集めています。リベラル派が独裁者のレッテル張りをするオルバン氏は、ヨーロッパに本来あった価値観を維持しているにしか過ぎません。
多くのメディアはリベラル化に反対する勢力を独裁者、ポピュリストと決めつける風潮があります。その典型がトランプ前米大統領とも言えます。彼は在任中、ホワイトハウスの敷地内に聖地を設け、職員の祈祷会もしていました。それはリベラル派の心を逆なでしました。
リベラル派は言論の自由を主張しますが、自分たちと考え方が合わない組織や人々の主張をヒステリックに排除するキャンセリングカルチャーを持っているのは矛盾です。物事を正しく理解するのは容易でないことだけは事実です。
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