オリヴィエ・ロランジェの料理 :カレー風味のアンドゥユ(ソーセージ)のサムサ(包み揚げ)とテンサイのチップ、サバの炭火焼き(どこか日本料理にも似ている)
日本でもミシュランの格付けが始まり、レストランは戦々恐々としているようです。逆にフランスでは最近、3つ星シェフが星を返上するという現象が起き、話題になっています。その名は、レストラン、メゾン・ド・ブリクールを経営するシェフ、オリヴィエ・ロランジェです。私と同年代の五十台前半ですが、名誉ある三つ星を返上するそうです。
彼のレストランのあるブルターニュ半島の付け根、景勝地モン・サンミッシェルに近いカンカールは、牡蠣の養殖で知られた漁村です。そこから50キロ離れたレンヌの大学で十五年間教鞭を取る私にとっては、地元とも言える所で、何度か牡蠣料理を食べに行きました。
とはいえ、オリヴィエ・ロランジェのレストランにいったことはありません。ロランジェが3つ星を獲得したのは約3年前で、レストランを開いて21年目、2つ星を獲得してから17年目のことでした。彼の人生は感動的です。
カンカール生まれのロランジェは、理系エリートコースを邁進中の21歳の時に不良グループに襲われ、暴行を受けて重傷を負い、2年間の入院、その後も数度の手術で入退院を繰り返したといいます。その時、自宅で料理を作る喜びを覚え、27歳の時に妻の支援もあって、旧家の自宅を改装してレストランを開業したのが始まりです。
その2年後には、ミシュランの1つ星を与えられ、4年後に2つ星に昇格したというわけですから、天才というしかありません。彼の持ち味は、ブルターニュの土地柄を生かし、牡蠣や新鮮で豊かな魚介類を世界中から集めたスパイスによって、絶妙の味を作り出すことです。
そんな彼が、ミシュランの星はいらないと言い出したのですから、フランス料理界は騒然とせざるをえません。ミシュランガイド始まって以来だそうです。ロランジェ曰く「多忙とプレッシャーで、満足のいく料理が作れなくなった」と。
とはいえ、彼はカンカールに幾つかのレストランやホテル、食材店を経営しており、今後は「誰もが味わったことのない料理を手頃な価格で提供したい」と述べています。だから、彼の料理が食べられなくなるわけではないのです。私もぜひ食べに以降と思っています。
2003年には、1980年代に天才シェフともてはやされたベルナール・ロワゾーが自殺、日本でも有名なロブションは「3つ星シェフのプレッシャーは、度を越している」と指摘しました。自分に正直なロランジェは、料理人としての命の延命を優先したとも言えます。
ミシュランガイドは、最初は単なるタイヤメーカーがドライバー向けに作った格付けガイドブックだったのが、誰の手にも負えない巨人に化けてしまったと言えるかもしれません。ロランジェは今後、いつ訪れるかも分からないミシュラン調査員の恐怖に怯えることなく、料理を作ることができるわけです。